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懐かしの誌面

JOUJOUmitouko(ジュジュミツコ) 山口京子さん

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「嫁ぎ先がたまたま園芸店だった」。
偶然、足を踏み入れた業界で実力を磨き、世界レベルの資格を取得。
今や各国のフローリストたちと交流を深める、山口さんの花体験。

 

■花に囲まれたおもちゃ箱
 高知市はりまや町の新旧ショップが軒を連ねる並びに、まるで小さな森のように、息づいたグリーンが際だつ店がある。店先には大きな観葉植物から小さな鉢植えまで緑に溢れ、所々にアンモナイトの形をした台や素焼きの照明器具が顔を覗かせる。店内に入ると、多彩な色合いが美しいアートフラワーがあり、ガラス張りの冷蔵庫には色とりどりの切り花が咲き誇っている。そればかりではない。陶器の皿やガラスのコップ、キャンドルをはじめとする雑貨、さらにはハンドバッグまで揃う充実ぶり。一体、ここは花屋なのか、雑貨屋なのか、服屋なのか...。それぞれのアイテムが、不思議とひとつの空間に馴染んでいるのだ。
 平成8年にオープンしたアートプランツ『ジュジュミツコ』。来客の対応やスタッフへのアドバイスに、くるくると店内を動き回っているのが、この店のオーナー、山口京子さんだ。「ジュジュとはフランス語でおもちゃの意味なんです。まだ言葉のおぼつかない赤ちゃんが、なんでもかんでも指さして『ジュジュ、ジュジュ』と言うんですが、この店も同じ。花屋だけど、花だけに限らず、それに付随するもの、私が面白いと思ったものを集めて置いているんですよ」。
いわば、この店は、彼女が好きなヨーロピアンテイストで彩られた、遊び心溢れるおもちゃ箱なのだ。

■デザイナーの家庭に育つ
12040134841l.jpg 父がデパートの装飾やディスプレイを手がける職人、母がオーダーメイドの専門店を経営する服飾デザイナーという家庭環境に育った山口さん。高校卒業後は、遊びたい一心で、東京にあるデザイン関係の短大に進学する。同じように東京に憧れて地方から出てきた仲間たちと、スキー、サーフィン、今で言うクラブなど、「ありとあらゆる遊び」を体験。学業はほどほどに、東京生活をエンジョイしていた。
 そんな折、突然、母から言い渡されたのが4ヵ月のパリ留学だった。一人娘の山口さんに店を継いでもらいたい。将来、役立つ資格を身に付けさせておきたいという母心があったのだろう。本人の知らないところで、すでに日本人向けにファッションを教えている学校への入学手続きも終了済み。山口さんは短大を休学して、予想すらしていなかった、初めての異国へと旅立ったのだ。
「当時は20歳になったばかりで、何の知識もなく、外国を楽しもうという余裕もなく、ただ毎日カリキュラムをこなすだけ。あんなに面白い東京を離れて、なぜわざわざパリに行かなくちゃならないのかと思っていましたね。不思議なことに、その時、勉強したこともまるで覚えていない(笑)。でも、今、思えば、誰もが行けるわけではない、これほどまでに外国が身近ではなかった時代に、貴重な体験をしましたよね。母には感謝しています」。
思春期におけるこのヨーロッパ体験は、今日につながる山口さんのベースになっている。

■嫁いだ先が園芸店だった
 その後、23歳で高知に戻り、母が経営する店『ブティックミツコ』に、服飾デザイナーとして勤務。お客さんが選んだ生地を、この世にただひとつの服に仕立てていく仕事は、山口さんにとって充実したものだった。そんな生活が4年ほど経った頃、彼女はその後の人生を方向づける大きな転機を迎える。そのきっかけは、「結婚」だった。相手がたまたま園芸店を経営していたことから、ファッション業界から一転、花の世界へと足を踏み入れていくことになったのだ。
「私は何でも面白いと思える人なんで、園芸店の仕事も興味を持って手伝うことができましたね。植物の仕入れや管理など、主人に聞いたり、本で調べたり、時には生産元を訪ねたりして、ひとつ一つ覚えていきました」。
そしてしだいに、ファッション業界で培ってきた感性を、新天地でも開花させていくのである。

■花の国・オランダへの挑戦
12040134842l.jpg 園芸店を手伝いはじめてからしばらくして、お客さんの要望から、店内の一角に切り花コーナーを新設することになった。これを機に、これまでの園芸だけの知識では、花を扱いきれないと感じた山口さんは、本格的に切り花の勉強を始める。そして、「どうせやるなら国家資格を取ろう」と、植物一般の知識を問う筆記と、生花を使った実技試験からなる『フラワー装飾技能士』に挑戦。国内で最上級の1級に合格したのは、第一子がお腹にいる32歳の時だった。
 その後さらに、園芸先進国であるオランダが実施している、『ダッチ・ディプロマ』の試験を受けることを決意。フローリストとして必要な技術を持っていることを認定するもので、世界中で花の職業に従事している人たちが目指す、高度なレベルの資格だ。しかし、受験するためには、専門の講義をひと通り終了しなければならず、近辺で受講することができる高松まで、毎月、足を運び始めた。しだいに、仕事と2人の子育てと勉強の両立が困難になっていった山口さんは、発想を逆転。講師に来高してもらえるよう、自ら場をセッティングして、花に興味のある受講者を集め、高知にいながら、3年の月日をかけて最後までレッスンを終わらせたのだ。
「どうしてそこまで勉強しようと思ったのか、自分でもよく分からないけど、園芸の知識が事前にあったからこそ、切り花が面白くなっていったのかもしれませんね。また、何でもそうだと思うけど、簡単そうに見えることも、実際にやってみると難しいんですよ。特に、日本の試験は単純で、考えたり、生み出したりというより、決められた形をいかに習得しているか、その手際の良さが問われる。一見、仕事にも役立たないし、無駄に思えるけど、そんな単純に見えるようなことでも、練習しないとできないんですよね。その難しさも、苦労も、喜びも、実際にやった人にしか分からないと思います」。
 そして、万を期してオランダに旅立った山口さんは、見事、世界で通用するフローリストとしての技術を認められる。花の世界に入って約20年、46歳のことだった。

■母の店を引き継いで開業
12040134843l.jpg 園芸店の一角ではじめた切り花が、しだいに評判になっていった頃、時期を同じくして、67歳まで現役の服飾デザイナーとして働いていた母が引退することになった。長年、自分の家のように愛着を感じてきた母の店を残したいと考えた山口さんは、園芸店の中の切り花部門を独立させて、花屋さんを開業しようと思い立つ。「これまで夫婦で切り盛りしていた店を、全くの1人でやることになって、不安はありました。でも、早くに父を亡くして以来、ずっと働く母親の後ろ姿を見てきたので、『なんとかなるかなー』って思ってはいましたね」。
 開業準備の期間は約1ヵ月。床と水回りを業者に発注した以外は、自分たちで改装を行った。もともとの店の雰囲気をそのまま活かして、イギリス製のアンティークの流し台、大きな栗の木のテーブル、冷蔵庫を置いた。店名は、今までつきあいのあったお客さんにも分かりやすく、また、母の築いてきた歴史に敬意を表して『ミツコ』という名前をそのまま引き継いだ。こうして、平成8年、現在のはりまや店の前身である帯屋町に、『ジュジュミツコ』は誕生したのだ。

■ブライダル業界に新風を
 オープン当初は、店での小売りが主だったが、今では、ブライダルの仕事も数多く手がけている。平均して週2回、時期によっては1日に6件を掛け持ちすることもあるほどだ。しかし、山口さん自身も、今ある現状は予想していなかったことだという。ブライダル業界に参入したきっかけも、たまたまパーティーの演出をした際、それをホテル側のオーナーが見て気に入ったことにはじまる。最初は全くブライダルが視野になかった山口さんは、誘いを断っていたが、いざやることが決まると、「どうせやるなら良いものをつくりだしたい」と思うようになっていく。「以前の流れとしては、新郎新婦が式場、ドレスを決めてから、担当者が花屋を選び、装飾を店にお任せするのが普通でしたが、それでは花屋がいくら頑張っても限界がある。担当者や当事者と直接話し合い、ファッション、テーブルクロスなどを含めて、花もトータルでコーディネイトすることが大事」だと、山口さんは、これまで定着していなかった新しいブライダルのやり方を提案。たとえば、ハワイで挙式をしてきたカップルが、その雰囲気を披露宴でも伝えたいと言えば、ドレスはムームー、会場は椰子の葉や色鮮やかな南国風に彩った。また、夫婦揃って阪神ファンというカップルには、衣裳、テーブルクロス、花、すべてにおいて、黄色と黒をテーマカラーに演出した。このようなこだわりが、時代の流れとも合致して、評判が口コミで広がっていったのだ。
 「よく『花に囲まれた職場で働けていいね』などと言われますが、この仕事は見た目よりもずっと大変ですよ。重労働だし、汚いし、地道な作業が多いし。市場で競りがあるから朝は早いし、ブライダルが重なると残業が多くなる。冠婚葬祭に花は必要だから、休みもない」と、山口さんは言う。しかし同時に、それを越える感動があることも実感している。「花は生ものなので、自分が思い描いた通りにいかないこともあるんですよ。それが思い通りにいき、しかも、お客様のイメージと一致して、喜んでいただいた時は、本当に嬉しいですね」。

■人生の楽しみは人との出会い
 多忙を極め、なかなか仕事以外の時間がとれないという山口さん。もう少し余裕ができたら、これまでに知り合ったヨーロッパのフローリストを高知に呼び、フラワーデザインショウを開催したり、海外から花を勉強しにやってくる人たちの受け皿になりたいと考えている。いずれにせよ、「人」と関わることが好きなのだ。
「人生って長いようで短いと思うんですよ。一生のうちで知り合うことができる人の数も限られているからこそ、出会えることが楽しい。いろんな人と出会い、関わっていくことで、自分の人生も変わっていきますよね。人との出会いこそが、人生の楽しみだと感じています」。
 今の山口さんがあるのも、きっかけは、たまたま嫁ぎ先が園芸店だったという偶然からだ。しかし、決してそれだけではない。その裏には、自分で選び、努力してきた道のりがある。「言葉にしてしまってから実際にできなかったら嫌だし、あまり表面には出さないですけど、試験を受ける時も、『どうせやるなら一番で通ってやる!』って、実は思っているんですよ。闘志を心に秘めているタイプなんです」と、野心家の一面を覗かせて、いたずらっぽく笑った。

 

JOUJOUmitouko(ジュジュミツコ)
高知市はりまや町1‐11‐10 アドレスはりまや1F
TEL/088‐880‐3230
営/9:30~19:30
休/無し(正月三日以外)