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懐かしの誌面

第1回 田中サキさん(仮名)の恋愛

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12040991581s.jpg■今月の主役
田中サキさん(仮名・24才)
高知市内の某大手企業に勤める24才。栗色の髪の毛と、スラリと長い手足が印象的な彼女。周りに自然と人が集まる愛されキャラと思えば、皆をまとめる姉御肌な一面も。細かい事は気にしない、サバサバした性格はさすがO型。

■登場人物紹介
○サキ...この物語の主人公。前向きで明るい性格。結構純粋。 
○ケンジ...趣味はサーフィンとサッカー。今年で30歳を迎える一児のパパ。
○アヤ...ケンジの妻でサキにとってはライバル的存在。独占欲が強く、姉御肌。36歳。 
○ミチコ...サキの大学の友達で、ケンジとも友人関係。

 

どうしても手に入れたかった...

「あたし絶対地獄に落ちる」 毎日そう思ってた。
彼女がいる人とのイケナイ恋愛...
でも、ケンジと一緒なら、あたしは地獄にだって落ちられる


 あたしとケンジが出会ったのは今からちょうど4年前。21歳大学3年生の冬、友達のミチコに誘われた飲み会にケンジがいた。ハッキリ言って第一印象なんて覚えちゃいないけど、いまだに2つだけ忘れられない事がある。それは出会って話し始めた1分後に「サキ」って呼び捨てされた事。それから茶髪が気に入らなかったのか、就職活動を始めたばかりのあたしに、イキナリ説教を始めたこと。「働くって事はな...」出だしの一言しか覚えてない。聞きたくなかった。「年上だからってエラソウに...」そんなモヤモヤした気持ちでケンジの話に1時間も付き合った。で、気付けば次の日デートをする事になってた。それがあたし達の始まり。

 翌日改めて見たケンジは、驚く程カッコ良かった。趣味のサッカーで鍛えられた男らしい体格、スラリと伸びた腕、顎の部分に無造作に生えた無精髭、そして時々突き刺すようにあたしを見てる鋭い視線... その日はドライブをしただけだったけど、何だか異常なくらいにドキドキした。
 ケンジとあたしはウマが合うというか何というか、とにかく相性がいいと思う。初めてデートした日もそうだったけど、とにかくケンジの話す事が楽しくてずっとケラケラ笑ってた事をよく覚えてる。前日説教された事が嘘みたいにケンジは優しくて、よく笑った。元々年上好きだった事もあってか、あたしより5つ年上のケンジにどんどん惹かれている自分に気付いた時から「このままあたし達は付き合うんだ」って当たり前のように思ってた。
 でも、そんな甘い考えは長く続かなかった。初めて彼とエッチした日。海岸沿いにある某有名ラブホテルの帰り道、車の中で起こった。...ブルル。あたしの携帯がポケットの中で震えた。
「こんな時間に誰やろ?」
 そう思ってメールを見た瞬間、あたしはその場から逃げたかった、叫びたかった。
「まだケンジ君と続きゆ? あの人彼女おるきやめちょきや」
 ケンジと出会った飲み会に誘ってくれたミチコからだった。まさに、頭をデッカイハンマーで殴られたような衝撃が走る。
「何? どうしたが?」
 イキナリ下を向いて黙りこんだあたしに対してケンジが問う。でもあたしは何も言えなかった。夢なら冷めればいいのにとひたすら願ってた。出会って間もないものの、毎日メールして、休みの日はデートをして、今日だってあんなに優しく囁いてくれたのに... 全部嘘だったの? そう思ったら悔しくて泣けてくる。
 「何? 腹でも壊した? 今日の夜何食ったっけ?」と心配するケンジをよそに、その日はそのままサヨナラした。いつメールしてもマメに返してくれて、電話したらいつでも出てくれて、時間があればいつでも会ってたあたし達。
 「まさか彼女がいたなんて...」あたしの中でケンジの一挙一動がぐるぐる回る。どうしていいか分からずに泣いてるとメールがきた。
「今日どうした? 具合でも悪かった?」
 たまらずメールを返した。
「彼女おるって本当?」
 ...とてつもなく長く感じた10分後、
「ゴメン。でも付き合おう。」
 の返事。...都合が良すぎ。意味が分からない。嘘つき。浮気者。ケンジを非難する言葉が山のように溢れてくる。でもそんな想いはすぐに掻き消されてしまう。...ケンジが好きだから。だからあたしは
 「分かった。彼女にバレないように付き合っていこ」
って、今考えるとバカみたいな返事をした。

 その日を境にケンジの態度は一変、開き直ったかのようにあたしの前で彼女の話を平気でするようになった。何でも彼女のアヤさんはケンジより6つ年上の会社員で付き合って2年、今では同棲までしてる仲。さすがに同棲と聞いた時はショックだったけど、お互いの仕事の関係で家で顔を合わす事はほとんど無いとか。
「じゃあ別れれば?」と言ってみたものの「うーん。そのうちね...」とケンジはいつもはぐらかす。でもまぁ、30過ぎのイイ年こいた彼女より、現役女子大生のあたしの方が魅力的に決まってる。あたしはそう信じていた。
 あたしの生活は専らケンジ中心になった。朝10時くらい、アヤさんが仕事に出掛けた事を確認してからケンジのうちに行き、あらかじめ買って来た材料でお昼ご飯の準備をしてから、寝ているケンジを起こして一緒に昼食。そっからケンジが仕事に出掛ける夕方までゆっくりして、ケンジと一緒に家を出る。あたし達は恋人同然だった。あたしはケンジを本気で愛していたし、ケンジもあたしの事を凄く大事にしてくれた。...でも、いくら家の中で顔を合わせる事が少ないからと言って、そんな自由奔放に遊んでいる彼氏を、一緒に暮らしている彼女が気がつかないわけなかったのだ。
 アヤさんはあたしの存在に感付きはじめていた。ケンジの話しによるとメールを勝手に見たり、ケンジが電話を取る前にあたしからの着信を確認したり、事ある毎に
「サキちゃんって誰?」
 と聞いてくるようになったらしい。さすがにあたしもヤバイと思って、家に遊びに行くのを控えるようにした。気付けばケンジと出会ってから半年が経ち、季節は夏になっていた。
 
 大学は夏休みに入り、あたしは短期のアルバイトを始めた。毎日バイトに明け暮れ、時間があればケンジにも会ってた。そんなある日、ケンジが突然
「来週の水曜、友達らあとサーフィンしに行くがやけど、サキも一緒に行かん?」
 って誘ってくれた。普段会う時はたいてい夜だったから、平日の、しかも昼間にケンジと出掛けられる事が嬉しくて嬉しくて、水曜日まであと6日もあるのに、その日の夕方から早速準備を始めた。あの頃、あたしの頭の中にアヤさんの存在なんて無いに等しかったんだと思う。だからあんな事態に陥ったんだ。

 水曜日はあっという間にきた。前の晩、電話で昼頃迎えに来てって言われてたけど、あたしは張り切って12時10分前にケンジの家に着いてしまった。久し振りに訪れたケンジの家。
「どうせ寝てるだろうな」
 そう思って電話をかけながら見慣れた階段を駆け上がる。...プルルプルル。2回コールが鳴ったところでケンジの部屋のドア前に到着してしまった。そのまま電話を鳴らし続け、「ハイ」やっと寝ぼけた声でケンジが電話に出る。
「もしもーし。起きちゅう? 今ドアの目の前におるがやけど入っていい?」
 そう言ってドアに手を伸ばした瞬間、ドアノブが左向いて回った。
「え?」
 次の瞬間、あたしは凍り付いてしまった。中から出て来たのは見たことも無い女性。でもあたしはこの人をよく知っている。ケンジの彼女、アヤさんだ。あまりにビックリしてあたしはとっさに口走ってしまった。
「ケンジは?」
 アヤさんが一瞬間をおいて答える。
「何の用ですか?」 
「...ちょっと用事が。」
 そう言って入れ変わるようにして部屋の中に入った。どうやら仕事に出掛ける時間と重なってしまったらしく、不審そうにあたしの顔を見ながら慌ただしく彼女は出掛けて行った。玄関でボーゼンと立ちつくしていると、起きたばかりの寝ぼけた顔したケンジが出て来た。
「ごめん。今日あいつ遅番やったみたいで...」
 確かにそれを伝え忘れてたケンジが悪い。でも、あたしもちょっとうかつだったと思う。たった今起きた事を頭の中で整理しながらあたしは、「イケナイ恋愛をしている」って事を改めて実感して、真夏なのに背筋にスーっと冷たいものを感じた。彼女の強ばった表情が忘れられない。
 結局あたしはその日ケンジと出掛けたけど、車の中、バーベキューの最中、アヤさんから電話がかかってきている事には気付いてた。でも、ケンジもあたしも知らないフリをした。「ケンジはアヤさんよりあたしを選んだんだ」そう信じて無視し続けた。
 この「遭遇事件」はもう一度あったけど、2回目はさずがにヤバかった。アヤさんが仕事の日、またケンジの家に遊びに行ってたあたしは、昼ご飯の後に2人でコーヒーを飲んでくつろいでた。そしたら玄関のドアをガチャガチャまわす音が聞こえて... 「ヤバイ」 ...そう思ったけど時すでに遅し... 玄関で女物の靴を確認したアヤさんは一目散に部屋に入ってきて、あたしの真横に立ってこう言った。
「どういう関係なんです?」
 キャンプの日以来、以前にも増してケンジを干渉していたアヤさんがあたしを知らないワケがない。誰も何も話そうとしない、気まずい沈黙が続き、それに耐えられなかったあたしは「帰る」と言って腰を上げた。部屋の隅にかけてたジャケットを取っている時、後ろから見てるアヤさんの視線が背中に突き刺さるようで怖かった。あたしの行動を凝視してるアヤさんを尻目に、玄関を出てドアを閉めた瞬間、
「あんた何考えちゅうがよー!!」
 ...今でもあの声は忘れられない。てゆっか、この先もう二度と女性のあんな声は聞けないんじゃないかな。奇声とも泣き声ともとれるアヤさんの絶叫と共に、さっきまで2人で飲んでたコーヒーカップが派手に割れる音が聞こえた。まただ。またあのキャンプの日に感じた罪悪感だ。チクチク痛む胸を抱きしめるようにギュッと抱え、あたしはそのまま階段をかけ降りた。今のあたしには何もできない。帰るしかないのだ。罪悪感と共にこみ上げてくる虚しさ... そのどうしようもなく寂しい気持ちを紛らわすように、あたしは迫り来る卒業に備えて試験勉強に励んだ。次第にケンジと連絡を取り合う事も少なくなり始めたのはこの頃からだった。

卒業試験を目前に控えた1月の深夜、久し振りにケンジから連絡がきた。
「今からガスト来れる? 話したい事があるき」
 勉強を放っぽり出してあたしは車を走らせた。約束の店に着くと、息をきらすあたしに、一番窓際の席でケンジがヒラヒラと手を振って「こっちこっち」と合図している。久し振りに見た(て言っても一ヶ月振りくらいかな...)ケンジは、ちょっと痩せてて前よりカッコ良くなっていた。軽く深呼吸してから席に着く。微妙に気まずい空気が漂う中、最初に口を開いたのはケンジだった。
「...あの、俺彼女と別れたき」
 ......「へ?」
「イヤ、だから。別れた」
「なんで? 何だかんだ言うて別れれんかったがやないが?」
「なんかよ、休みの日も遊ばんし、仕事の休憩中も彼女に電話しようとか思わんし、アイツ結構年やんか? 最近結婚してーってせがまれるし... 俺の親はアイツの事気に入ってないし、向こうの親には俺嫌われちゅうし... ハッキリ言うてもう恋愛感情なんて無いきね」
「ほんとに? ほんとに別れたが?」
「別れた。もう絶対戻らんと思う」
 複雑だ。嬉しい反面、また胸がチクチク痛むあの罪悪感に包まれる。岡君に悟られないように普通にしてたつもりだったけど、あたしの頭の中はアヤさんでいっぱいだった。
「泣いてるだろうな...」
 ズキンと胸が鳴った気がした。

 春になってあたしは晴れて就職し、社会人になった。仕事はやりがいがあって面白く、毎日が凄く充実してたと思う。ただ一つ気がかりなのはアヤさんと別れて以来ケンジの様子がおかしかった事。やはり3年近く付き合って情が移ってしまったのか、時折ボーッとしてる事が多々あった。2人が住んでたあの部屋はとっくに出て、ケンジは実家暮らしを始めていた。あたしとケンジは付き合ってるというよりは、出会った頃に戻った感じで、メールをして、電話をして、時間があれば会う。こんな感じだった。
 そんな時、あたしはある仕事を任されて、1ヶ月くらい高知と松山を行き来する慌ただしい日が続いた。その間もちろんケンジと連絡を取り合ってはいたけれど、とにかく忙しかったから電話に出られない時も多々あった。あたしは油断してたんだと思う。アヤさんと別れてケンジは自分だけのものになったんだって...。今思えばあの時ちゃんとマメに話しておけばこんな事にはならなかったのかもしれない... 今更言っても遅いけど。

 付き合ってるか付き合ってないのか、微妙な関係にとどめを刺されたのはその年の10月。たまたま行ったTSUTAYAでケンジの友達、岡君にバッタリ会ったのだ。
「元気? 久し振りやね。ケンジの話し聞いちゅうでね? サキちゃんも呼ばれちゅうろ?」
 岡君の言ってる事がよく理解できない。
「行くって、どこに?」
「ケンジとアヤちゃんの結婚式。1月にするって聞いてない?」
 頭に「?」が千個くらい並ぶ。岡君は何を言ってるんだろう。
「はぁ? 岡君なに言ゆが? ケンジはアヤさんと別れたやんか」
「いやいや、1ヶ月前ばあ前により戻したで。そっか聞いてなかったがか。ケンジの事やき後から言うて驚かすつもりやろうかね」

12040991582s.jpg 岡君はあたし達の関係を知らない。足元が抜け落ちて、どこまでも続く深い谷底に突き落とされた気分だった。意味が分からない。結婚って? ...はぁ? ナニ? 考えれば考える程、底なし沼に沈んでいくようで、気が狂いそうだった。
 その後、岡君と何を喋ったかも、どうやって家まで帰ったのかもよく思い出せない。覚えているのはケンジに電話して「ごめん」て言われた事だけ。泣いて泣いて、文字通り涙が枯れるまで泣いた。「もう彼女とは戻らない」確かにケンジはそう言った。でもケンジはアヤさんと結婚する。この3年間が走馬燈のように頭を駆け巡り、枯れる事のない涙が次から次へと溢れてきた。「ケンジにとってあたしって何だったんだろう...」答えの出る事の無い疑問を延々と自問し続けて、一切連絡を取らないまま時間だけが過ぎていった...。

 ケンジと出会ってから4度目の春を迎えた今、あたし達はまだ切れていない。たまに会って、話をして、お互いを求め合って体を重ねる事もある。ケンジは今年の1月パパになった。それはもちろんアヤさんとの間にできた子供。アヤさんの妊娠が発覚した頃、あたしは子供をおろした。それはもちろんケンジとあたしにできてしまった子供。どんなに傷ついても、ボロボロになっても、あたしは今日も前を向いて歩いて行ける。それはケンジの事が好きだから。
 当分はこの深い沼から抜けられそうにない。

(2005年4月号掲載)